株式会社chataが、日本のモノづくりの復活に懸ける想い

語るのは、技術か、それとも生き様か

vol.01


伴走者の独白。――株式会社chataが、日本のモノづくりの復活に懸ける想い

「調達」と「つくる」と「見せる」を交差させる、chataの原点

【株式会社chata代表 治郎丸の想い】
「日本のモノづくりをもう一度面白い仕事にする」

このビジョンを掲げるまでに、多くの時間と、遠回りを繰り返しました。

「なぜ、私たちはモノづくり現場の『ファン』になるのか」

その答えは、私自身の25年間、町工場を見続けた経験と、これからの日本のモノづくりへの危機感、そして何より「ワクワクしたい」という執念にあります。

1. 【過去の足跡】 泥にまみれた25年、機械工具の現場で見つめ続けたもの

工業用間接資材(MRO)や機械工具を扱う商社で過ごした、25年間という長い歳月。 油の匂い、機械の駆動音、そして黙々と図面に向き合う職人たちの背中。それが私の原風景です。

現場のお困りごとを解決するために走り回り、あらゆるモノづくりのインフラを支えてきたという自負。しかし同時に、時代の流れとともに「下請け」という構造の中で、素晴らしい技術を持つ町工場が価格競争に巻き込まれ、活気を失っていく姿も間近で見つめてきました。

機械工具商(商社)というには少しおこがましく感じますが、昔から職人さんたちからは「工具屋さん」なんて呼ばれ、現場で足りない工具や副資材などを手配し、届ける毎日。

でも、単にモノを右から左へ流すだけでいいのか? 現場の一番近くにいる自分だからこそ、この素晴らしい技術を、もっと別の形で世の中に輝かせることができるのではないか。そんな思いが、ずっと胸の奥にありました。

2. 【なぜ立ち上げたのか】 2016年、株式会社chataの誕生と「葛藤」の歴史

chataを立ち上げたきっかけは、商社時代にお付き合いのあった工場の設備と技術を使い、自分でもメーカーになりたい」という強い想いでした。

当時、ある樹脂成型を得意とする町工場の社長が、特殊な樹脂の研究開発に成功したのです。その素材を使わせてもらい何か作りたいと考え、当時盛り上がっていた自転車市場に向けてプロダクトを企画。工場の社長の想いと、素晴らしい素材を背負って、私は意気揚々とスタートを切りました。

しかし、現実は甘くありませんでした。

素材は確かに良い。技術も本物。だけど、それだけでモノが売れる時代は終わっていたのです。 プロダクトをどう見せるかという「デザイン」、どうやって市場に届けるかという「マーケティング」、そして何より、慣れ親しんだ町工場と一緒になって「自社製品を売り続ける」という執念の難しさを、身をもって知ることになりました。

気がつけば、2020年。 世界を襲ったコロナ禍も重なり、私は大きな岐路に立たされていました。

「自社製品を作るって、こんなに大変なことなのか。技術があるだけじゃ、扉は開かない。じゃあ、日本中に溢れている『このままじゃいけない』と葛藤している町工場の社長たちは、一体どれほどの孤独と戦っているんだろう」

自分がメーカーになろうとして直面した壁。それこそが、下請け脱却を目指す中小零細企業が、まさに今ぶち当たっている壁そのものでした。

図面通りに作る技術はある。でも、見せ方(デザイン)や、他分野へ繋ぐネットワークがない。なら、足りないピースを全部引き受ける存在になろう。それこそが、25年現場に育ててもらった私の恩返しであり、chataの使命じゃないか」

そう新たな覚悟を決めた2020年。chataは単なる自転車関連の会社から、デザインと調達を融合させた「Design Trading Company(デザイン商社)」へと、大きな舵を切りました。

3. 【これまでの10年と、これからの10年】 2026年、私たちが想い描く次のステージ

2016年に創業してから、がむしゃらに走り続けてきた10年。 現場の課題に寄り添い、調達や製造にデザインを取り入れ、新しい価値をお届けする土台を実直に作ってきました。

近年では、鳥取大学医学部附属病院さんの医工連携プログラムにも参画し、町工場の技術を、患者さんや医療現場の困りごとを解決するプロダクトへと繋ぐ、新しい架け橋の役割も少しずつ見えてきました。

完璧な実績が並んでいるわけではありません。私たちも、今まさに挑戦の渦中にいます。 だからこそ、これからの10年で、私はchataを本当の意味で「日本のモノづくりをもう一度面白い仕事にする」ための爆心地にしたいのです。

町工場が、自らの技術を誇り、自社の強みを世の中に直接問いかける未来。 例えば、私たちが今構想している医工連携によるプロダクト開発のように、小さな工場の職人技が、誰かの命や生活をリアルに救う。そんな「最高にワクワクする仕事」を、仲間である町工場と一緒に、一つでも多く形にしていきたいと考えています。

『日本のモノづくりをもう一度面白い仕事にする』

これは、どこかの誰かが言った綺麗なスローガンではありません。 工具屋さんとして現場を走り回り、自らもモノづくりの壁にぶつかって泥をすすってきた私だからこそ、あなたの工場の「このままじゃいけない」という葛藤が痛いほど分かります。

chataは、コンサルタントではありません。 あなたの会社の技術に誰よりも惚れ込み、一緒に汗をかき、結果が出るまで隣で走り続ける『一番のファン(お世話焼き)』です。

さあ、私たちの物語はここから始まります。 次は、御社の胸の奥にある物語(ナラティブ)を、私に聞かせてくれませんか?